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藤崎台駅を探しに…(サワリだけ) [ご近所鉄(京成電車など)]

11月26日土曜日のこと。
 高根木戸駅前17時集合という飲み会がありまして…ええ、新京成の高根木戸です。
 久しぶりに新京成に乗れる…んだけど、ただ直行するのは芸がない。そこで思い出したのが、この写真。

 昭和39~40年頃の新京成電車です。走ってきたのは「鎌ヶ谷大仏」行きの行き先札をぶらさげた300形。京成初期の木造車、33/39形を鋼体化改造した車両で、200形などに類似の顔つきをしていますが、全長は14メートル。この頃には京成から16mの100形や17mの2000形車が転入して主力となっていた新京成にあって、ひときわ小型の2扉車です。
 撮影したのは藤崎台-前原間。えー、藤崎台なんて駅、新京成にはないぞ、と若い方に突っ込まれそうですが、この頃には確かにあったんですよ。
00.jpg


 その前に…写真の手前に写っている線路。これは新津田沼に行く線路です。電車が走っているのは、京成津田沼から来る線路。この当時は前原から単線並列で走ってきた2本の線路がこの場所で別れ、それぞれ新津田沼と京成津田沼に向かうという線形でした。現在は前原-新津田沼-京成津田沼は(ぐねぐねとカーブを描いてはいるけれど)一つながりの線路になっていますが、1968年(昭和43年)まではこんな形で運行していたわけです。
津田沼合体.jpg


 前原方面から来ると、直進する形で京成津田沼に向かう線路の途中にあったのが藤崎台駅。実はこの駅、藤崎台を名乗る前は(二代目の)新津田沼駅(因みにいまは四代目)であった…なんて話を書き出すと、わけがわからなくなるので省略。いずれにせよ、このあたり、新京成開業の1947年から20年ばかりの間に、めまぐるしい線路の変遷があったのです(2度の改軌もありましたね)。

 ともあれ…京成津田沼-新津田沼-前原が一気通貫になったことで打ち捨てられた藤崎台駅、その近辺は、いまどうなっているんだろう? と飲み会前にちょこっと歩いてみようかと思い立ったのでありました。(前置き長いっ!)

 京成津田沼にやって来ました。
 愛しのタヌタヌ、こと新京成8500形が千葉中央からやってきて、自線に帰って行きます。この顔が京成パンダに見えて(まぶたのクマとかね)仕方がないのは私だけ?
01京成津田沼.JPG


 複雑怪奇な京成津田沼の配線。左側の1~4番線は京成線で、3線(真ん中は引上線)に集約、右側の新京成(5-6番線)は単線となって新津田沼方向へ急カーブを切って分岐していく。デイタイムの5番線は松戸-千葉中央の新京成乗り入れ電車のほか、京成千葉(千原)線内運用の折り返しにも使われます。
02すぐ右カーブ.JPG


 新京成側の北口の階段を降りていくと、いきなり「ATS確認」の看板。ンなこといわれたって…と降りて行ってみると…。
03ATS確認.JPG


 線路敷地があまりに狭いため、道路…なんだろうか、…パブリックスペースに新京成の出発信号機が建植されているのでした。
04道路に立つ信号機.JPG


 そんな具合にキチキチ、ギリギリな京成津田沼駅構内ゆえ、こんなクローズアップショットも撮れたりするのです。(しかし何を狙ってるんだかねぇ?)
05超接近ショット.JPG


 京成津田沼を出発すると、すぐに右に急カーブを切る新京成線。R144に加え、崖地の地形をよじのぼる23‰勾配が始まるという、山岳線顔負けの線形です。
10_23パーミル144R.JPG


 その急カーブ&急勾配を降りて、京成津田沼に進入する8800形。ここから新津田沼の手前までは、新京成に残る唯一の単線区間。
11京成津田沼行き.JPG


 同じ電車の後追い。奥のほうに京成電車が見えていますが、取り付き角度が急なことがお分かりいただけるかと…。
12津田沼行き後追い.JPG


 望遠ショットのように見えますが、これで標準レンズでの撮影です。
13これで標準.JPG


 もう少し、新津田沼方向に寄ったところ。左側はマンションの敷地のようで、急な斜面をちょっとよじ登ったら、ちょうどN800形の松戸行きが、急坂&カーブをゆったりと登ってきました…。
14斜面を登って.JPG

………
 までは順調だったんですけどねぇ…。

 写真では平坦に見える斜面を、左側の道路へ戻る…。道路の端は溝になっているので、斜面を駆け下り、最後は華麗にジャンプして着地…のはずだったのですが…。
 着地と同時に腰が砕け、あれよという間もなくアスファルトに叩きつけられる…。
 チャリでコケて骨折したのが8月。それがなんとか完治したばかりだというのに、またしても路上に這いつくばる私…。
 いえ、ね、身体の方は顔と肘をちょいとばかり擦りむいて、男前が上がった程度ですんだのですが、肩にかけていたカメラが吹っ飛んで…、哀れレンズは胴体から離れ、坂道をコロコロと転がっている。そいつを何とか取り押さえて、カメラ本体に捩じ込もうとするが、マウントのパーツがぶっ壊れているのか、咬み合ってくれない。
 被害の全容を確認すべく、カメラバッグに入っていて、無事だと思える望遠レンズを装着、シャッターを切ってみると、Errorコードが表示されるだけで画像は暗黒。

 あちゃ~、また八街(やっちまった)!

 吹っ飛んでしまった広角-標準レンズはともかく、本体がワヤではもはやどうにもなりません。
 暮色迫る津田沼の線路際で呆然と立ち尽くす私…。気がつけば、私が斜面を駆け降りたところは、横から見ると一番勾配が急なところ。ほかにいくらでも緩斜面があるのに…。

 年をとるっていうのはこういうことなんだなぁ…としみじみ痛感します。認識と体力のズレ。ちょっと前まではなんでもなかったことができなくなる身体の衰え…。

 …なぁんてことを思ったところで、ぶっ壊れたカメラは元に戻らない…。悄然たる思いで、それでも当初の思惑通り、前原まで歩きましたよ。前原駅に着く頃には真っ暗で、当初の思惑通り歩いても、どうせ写真にはならなかったなぁ…などと負け惜しみ的に自分を慰めつつ…。

 で…飲み会では殊の外痛飲してしまった私なんですが、昨日は宿酔でガンガンする頭をかかえつつ、某カメラメーカーサービスステーションに朝一で行って参りました。
 正直なところ、「修理不能」の御託宣まで覚悟していたのですが、案に相違して修理可能とのこと。仮に修理可能でも莫大な修理費も覚悟していたところ、思いの外安くやってもらえるらしい、ラッキー!

 そんなわけで、我が愛機とレンズは一週間ばかり修理のため不在になることになりました。私のサブ機…銀塩です…ではどうにもならないので、しばし新規撮影のネタ作りは不能になってしまいましたが…。

 修理が終わった暁には、なんとも中途半端で終わってしまった本稿を、リベンジ撮影とともに完結させるつもりでおりますので、何卒ご容赦をお願いする次第であります。

 でもね~、こういうことがあるから、使い勝手のいいコンデジの一台も持っていたいですね~。覚悟していたよりも修理費が安く上がったので…ちょっと考えてしまう私なのです。

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伊 謄

 前原の変電所のあたりの踏み切りのところには、陸軍の標石も残ってますね。
by 伊 謄 (2011-11-28 23:07) 

manamana

カメラが身代わりになってくれたのかもしれませんね。
by manamana (2011-11-29 06:23) 

nexus6

昭和37年から30年ほど新京成線沿線住民だった小生のココロに、ストライクど真ん中でキタ~!!
幼少の頃でしたので記憶としてはカナ~リ怪しいのですが、新津田沼方面と京成津田沼方面へと分かれる前原駅の情景とか、今よりも国鉄津田沼駅に近かった新津田沼駅の情景とか、覚えてますよ。
その当時のある日 「京成のお古」電車に乗車しておりますと、床下から異臭がしてきて、前原駅で全員下車した なんてチョット焦った記憶も残っております。
それにしても、お怪我もカメラの損傷も、あまりオオゴトにはならなかった様で何よりです。 お気をつけて。  斯く言う小生も、近頃バランス感覚の劣化を少しづつ自認する様になってきました.... 
by nexus6 (2011-11-29 13:21) 

Cedar

出ましたね!地元京成電車ネタ~といっても<新>つきのとは、憎いですな!
津田沼あたりの路線の変遷は知ってはいたものの、私が父と始めて乗った時には既に藤崎台経由の線は廃止になっていました。今はイオンになっている第2工場の構内線路がそのまま本線になってる感じだったのに、びっくりした記憶があります。
実は私の次の記事(今晩UP予定です)も京成です~。
by Cedar (2011-11-29 14:08) 

maipenrai

伊 謄さん
 冒頭の300形電車の走っているあたりが、まさに今の変電所のところです。陸軍の標石! それは是非とも探索しなければなりませんね。

manamanaさん
 粗忽な爺で本当に困ったものです。40年前と同じことをやろうとしても、無理、ってことですね。

nexus6さん
 おお、あの頃新京成沿線にお住まいとは…京成のお古が2両でトコトコ走っていた新京成が、あれよあれよという間に本家を抜いて8連化、新製車まで投入して…という時代に幼少年期を過ごされたわけですね。
 ネタ的にはあの頃の前原駅の情景も押さえてありますので、続編に乞うご期待!

Cedarさん
 鉄道連隊の頃はさすがに生まれていませんが、津田沼近辺の新京成の路線の変遷は、あまりにも有名ですね。この頃は国鉄線路の脇に鉄道連隊ならぬ「自衛隊第101建設隊」なんていうのがあって、電車から桜のマークをつけた9600形蒸気機関車を見ることもできたり、廃線跡みたいな線路を歩いて行ったら、いつの間にか京成の第2工場の中へ入ってしまっていたり…狭いエリアがまるで「鉄道おもちゃ箱」みたいな塩梅でありました。
 京成ネタ…今回はどこでしょう? 楽しみにしています。

よしくんさん
J-powerさん
 niceありがとうございます。
by maipenrai (2011-11-29 15:38) 

あおたけ

学生の頃、津田沼界隈によく遊びにいきましたが、
藤崎台駅の存在は知りませんでした。
今でもその痕跡は残されているのか気になるところですが、
藤崎台探訪の続きは、カメラが直ってから・・・ですね。
体が大事にならず、かすり傷程度ですんで良かったです。

by あおたけ (2011-11-29 17:27) 

gardenwalker

こんばんは
カメラが守ってくれたんですね~♪
かすり傷でよかったですね
ところで昔は新京成とは名ばかりで
京成のお古のオンパレードでしたね
懐かしいです、とても
by gardenwalker (2011-11-29 22:27) 

maipenrai

あおたけさん
 お心遣いありがとうございます。
 あおたけさんの学生時代だと、いつ頃なんでしょう? 津田沼の駅前もめまぐるしく変わっていて、昔の面影を探すのは難儀します。カメラが治り次第、続編を続けますので、よろしくお願いします。

gardenwalkerさん
 カメラ=精密機械なのに、ぞんざいな扱いをして深く反省。もっと大事にしなければいけませんね。
 昭和40年頃の新京成は、私の見たこともないような電車(やはり京成のお古ですが)が走っていました。オール新造車の8連が行き交ういまの姿は、本当に隔世の感です。

シュウチャンさん
 niceありがとうございます。
by maipenrai (2011-11-30 17:20) 

みやちゅう

こんばんは 撮影の途中のアクシデント
お怪我が軽傷で良かったです。同年代の一人ですから
撮影現場の登り降りにはいつも気を遣います。以前に
ニコンのMFを落としてしまい泣いた事がありました。
昭和30-40年の津田沼近辺は鉄連の遺物や自衛隊部隊
など大栄車両の辺りに集まっていましたね。
以前手に入れた 伊東東作著 幻の鉄道部隊 という本に
9677の写真を始め興味深い記事が当時の記憶を
甦らせてくれました。新京成は鉄連の路線にのったんですからね。
次回のルポ待っていますよ!!

by みやちゅう (2011-12-02 18:21) 

maipenrai

みやちゅうさん
 亀レス失礼します。
 旧陸軍鉄道連隊の遺構は千葉の随所に残っていますが、戦後になって復活した自衛隊部隊の件は気になっていたけれど、まったく知識がありませんでした。ただ国鉄の津田沼の駅を過ぎると左側に見えた9677の遠い記憶だけ…。ご指摘の本を見つけ、読了したところです。6年間しか存在しなかった、まさに「幻の鉄道部隊」。図版も豊富で、長年の疑問がとけました。
 京成と平行して、大久保の先まで伸びていたという、自衛隊の演習線、気になるところですが、まずはカメラが戻ったら、新京成の藤崎台線を片付けなくては…。
 
by maipenrai (2011-12-04 10:26) 

みやちゅう

自衛隊施設の中に・・・・秘密の研究施設が?
国鉄の研究所があり、遥か先になる青函トンネルを見据えた研究を
していたようです。この情報は そこでアルバイトをしていた当時の
千葉工大の学生であった私の兄からの実話です。
幻の・・の写真に工大の校舎も写っていますね。
9677私も見ているはずですが・・・いまだに思い出しません。
鉄連は西千葉付近にも多くの遺構が有り、やはり96型の大型蒸気
が入っていたとも聞いていますが、これは裏が取れていない情報です。
次回のルポ期待しています。では。
by みやちゅう (2011-12-04 18:16) 

maipenrai

みやちゅうさん
 すみません、コメント見落としていました。
 例の高津まで伸びる練習線ですが、途中までは国鉄技術研究所との共用区間、という記述が当該の本にあります。今のイトーヨーカドーの南側&JRの北側のエリアには、101建設隊の他に国鉄技術研究所があったようなのです。(今の駐輪場のあるあたりから、新津田沼駅辺のエリアです)。
 戦時中までの鉄道連隊についてはさまざまな研究がされていますが、自衛隊101建設隊については資料が乏しい感じですね。私自身、戦前の鉄連と、戦後の自衛隊をいっしょくたにしておりました。それに国鉄技研がからんでくる戦後史、まったくもって面白いテーマであります。
by maipenrai (2011-12-17 22:33) 

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