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Hey.Heyポール~銚子電鉄昭和39年 [昔鉄(60年代の国鉄・私鉄)]

 前回に続き、昭和39年6月の日帰り旅。荒廃した九十九里鉄道の車両群に衝撃を受けながら、先に進みます。

 東金線と総武本線の乗換駅、成東。C58149(佐)が牽く上り列車が停車中…。
01C58149上り客.jpg


 機関車の前で遠くを眺めながら佇む助役?さん。その視線の先に… 下り千葉発銚子行きの列車が、C57164(岩)に牽かれてやって来ました。
02旅客レ離合.jpg


 さきほどの助役さんは、C57に向かって右腕を突き出していますが…。
02-01助役さん.jpg


 このあたりは当時はタブレット閉塞で、下り列車が携行してきた日向-成東間のタブレットを、すばやく上り列車に渡すため、ホームに停車後ではなく、まだ走行中のこの位置で受け取っているんですね。なんかカッコいいな、と子供心がときめきます。


 銚子行きの列車に乗車します。西と東に分かれ出発して行く蒸気列車。上り列車の最後尾には、ダブルルーフ、リベットだらけの古色蒼然とした荷物車(スユニ30?)が連結されていました。
03スユニ30.jpg


 成東から先、総武本線は九十九里海岸から10キロほど内陸沿いの平野を、海岸に並行して走っていきます。沿線は昔も今も、田んぼ、田んぼ、畑、畑…。
 どこの駅かは手がかりがありませんが…総武本線のクィーン、犬吠号と離合。この頃はまだ「準急」ですね。
04準急犬吠.jpg


 キハ35900を先頭にした上りDCとの離合。この駅は「名所案内、七ツ池」の看板を頼りに調べてみましたら、銚子のひとつ手前、松岸のよう。
05松岸駅.jpg


 銚子に到着しました。総武本線はここで終点(実際は漁港の近くの「新生貨物駅」まで貨物線が伸びていましたが)。未電化の総武本線のホームのはずれ、忽然と架線が現れ、古ぼけた電車が、国鉄からの乗り換え客を待っていました。ご存知、銚子電鉄であります。
06デハ301銚子駅.jpg


 のちにビューゲル化され、現在はパンタグラフを使っている銚電ですが、この頃はまだトロリーポール集電の時代でした。私自身、生きたポール電車を見るのは、このときが最初で目下のところ最後…。

 発車まで間があるのか、運転士さんは新聞を熟読中。視線の先の見出しには「中西はもう常時出場しない!」とあります。西鉄のプレイングマネージャーだった中西太は、この頃監督就任3年目だったんですね。
07デハ301運転士.jpg


 デハ301に乗って隣の仲ノ町へ。ここでタブレット交換。
 おそらくお昼近い時間帯と思うんですが、外川行きの電車は立ち客も多く見られる結構な乗りです。
 去年銚電を訪問した時、仲ノ町駅のホームの段差がそのまま残っているのが懐かしかったですね。
08仲の町駅デハ301.jpg


 仲ノ町を出発、外川に向かうデハ301。1930年、鶴見臨港鉄道向けに製造され、国鉄買収を経て昭和26年に銚子へやってきた電車。第一線は退いていたものの、なんと2009年まで車籍が残っていたそうで、晩年の姿をご覧になった方も多いかと思います。
09仲の町を出発.jpg


 よく見ると正面3枚窓の真ん中を開けて、車掌さんが身体を乗り出しポールコードを握って、トロリーポールを操作しています。ここは駅はずれの分岐器の地点。
10ポール操作をする車掌.jpg


 ご承知のように、仲ノ町は銚子電鉄の運転の拠点で、車庫もここにあります。
11デハ101の顔.jpg


 車庫で休んでいたのは、デハ101。全長11メートル弱ですから、大型バスより短い小型ながら、近代的な感じの車体なのは、前身の「半木造車」ホデハ101を昭和27年に鋼体化改造したため。華奢な感じの面白い形をした台車は、さらに古く、元々下野電鉄(現東武鬼怒川線)を走っていた木造車の流用で、その縁で台車だけですが、いまも東武博物館に保存されているんだそうです…。
12デハ101.jpg


 二軸客車のハフ2+ハフ1。朝夕のラッシュには、電車に牽かれて出動していたようですが、昼間はこうして仲ノ町の車庫でお休み。
 この客車は、妻面と幕板に鋼板が使われているけれど、ドア間の窓下の外板は木製だったそうです。そうと知ってれば、側面よりから写真を撮ったのになぁ…といっても後の祭り。この辺、「電車音痴」(客車だけど)の悲哀を感じないわけにいきません。
13ハフ2.jpg


 ハフ1側から。左手のデハ101が停まっている奥は、ずっとヤマサ醤油の工場が続いています。界隈には醤油の濃厚な匂いが漂っていました。
14ハフ1.jpg
 

 奥まった銚電の構内か、工場の構内か判然としない場所に、名物デキ3が佇んでいました。
15デキ3.jpg


 全線で交換駅は、昔も今も笠上黒生駅一箇所で、運用に就いているのは2編成。この当時、銚電の電動車は3両だけでしたので、車庫でデハ101が待機中ということは、もう一両のデハ201が途中で交換してやってくるのでしょう。これを写せば、当時の銚電オールスターキャストをコンプリート…というわけで、仲ノ町から銚子方面へ線路際を歩き始めます。

 待つ間もなく、やってきた銚子行きのデハ201。木造車体の古色蒼然とした姿であります。
16デハ201.jpg


 電車左の民家のさらに左、線路のようなものが見えますが、新生へ伸びていた貨物線でしょう。電車の奥には仲ノ町の構内に停まっているデキ3が小さく写っています。仲ノ町から銚子駅まではほんの僅かな距離です。

 銚子駅の銚電ホーム。デハ201が発車を待っています。木造車体に集電ポール、さらに路面電車のような窓下一灯の前照灯…。
17銚子駅デハ201.jpg


 手前に写っているのは、銚電唯一の有蓋貨車だったワフ1。
18ワフとデハ201.jpg


 もちろんこのとき初めて見たデハ201ですが、なんだか懐かしさを感じるのは、その出自が京成の車両だから。丸屋根木造の車体は、戦後の新製なのですが、台枠は京成の電動貨車・モニ7の流用、台車も45形(46号)からの流用だそうで、トラス棒が入った下回りは、京成の5つ窓車の面影が濃く漂っているんですね。
19デハ201.jpg


 …というわけで、写っている写真から判断すると、おそらく小一時間の銚子滞在。毎度のことですが「もっとじっくり撮っていれば…」という後の祭り。上りの列車で帰途につきます。

 帰りはどうやら、成田線経由の列車に乗車したようで、途中駅で2両編成の準急「水郷」なんか撮っています。この頃は佐倉まで併結してきた「犬吠」「水郷」は、分割してそれぞれ総武本線、成田線を経由して銚子まで走っていたんですね。
20準急水郷.jpg


 走行中のタブレット渡しのシーンがよっぽど気に入ったのか、機関車の次位の客車からしつこく撮っています。
21タブレット.jpg


 ラストはこのカット。国電区間に入った駅ですが、ここでもしつこくタブレット…。
22我孫子駅.jpg


 待てよ、この駅はどこだろう? 反対側のホームに茶色い国電が停まってますが、半流スタイルに行き先札の白地がダイヤモンド型…。してみると、ここは常磐線の我孫子?
23半流電車.jpg


 どうやら銚子から成田まで佐原回りの蒸気列車、さらに成田で木下回りの蒸気列車に乗り継いで…なんて「乗り鉄」しつつ我孫子まで来たようです。
 そういえば、当時の撮影行は、いつも「一筆書き」ルートで一枚のキップを作ってもらっていた、ということを思い出しました。これは確か、当時の学割制度が「100キロを超えると半額」だったため(間違ってたらごめんなさい)。しかも「遠距離運賃逓減制」の恩恵もいまよりずっとありました…。
 この日の乗り鉄ルート、今じゃ全域、JR東日本の首都圏エリアに入り、「最低運賃キップの大回り乗車」でも回れるルートで、以前ちょっと興味を持って試してみようかと思ったこともあるんですが、駅から外に一歩も出られない…というのは、ちょっと辛いですね。
 だいいち、松岸-銚子を乗車できないんじゃ、銚電の顔を見ることも叶いませんものね。
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あるまーき

銚電、いまでも素敵な情景が残されていると聞いており、いちど、訪れてみたいと思っていますが、半世紀前の千葉は蒸機、通票閉塞、さまざまなキハ、小さなポール集電の電車と、ほんと素晴らしい光景が日常的に展開されていたのですね。

貴重なお写真の数々にも見入ってしまいましたが、こういうタイトル、素敵です。

by あるまーき (2012-06-22 10:27) 

maipenrai

あるまーきさん
 地元にもかかわらず、45年余りもご無沙汰していたので、あまりエラそーなことはいえませんが、銚子はいろんな意味で魅力溢れる場所でした。タイトルは…最近酔っ払ってわけのわからないタイトルをつけてしまう傾向にあり…自戒しております。

tochiさん
あおたけさん
あんぱんちーさん
xml_xslさん
Cedarさん
フジトモさん
 niceありがとうございます。
by maipenrai (2012-06-22 21:34) 

maipenrai

モボさん
プントさん
 niceありがとうございます。
by maipenrai (2012-06-23 13:00) 

nexus6

小生が初めて銚電に乗ったのはS46年。 恐らくデハ201か301あたりだったんでしょうか。 走行中でも手で扉を開けるコトが出来て、エラく驚いたのでありました。
by nexus6 (2012-06-23 22:27) 

maipenrai

nexus6さん
 デハ301は「銚電初のドアエンジン付き車両」だそうですから、デハ201のほうかも…ですね。
 銚子はいまアジ、イワシの美味しい季節。営団丸ノ内線(方南町支線)カラーはまだ見てないし…行きたいなぁ…。
by maipenrai (2012-06-24 09:31) 

hanamura

御無沙汰いたしました。またヨロシクお願いします。
タブレットの映像!とても好きなんです。
by hanamura (2012-06-24 21:43) 

maipenrai

hanamuraさん
 niceいっぱいありがとうございます。
 ダブレット、すっかり希少価値になりましたね。千葉のJRからも、ついこの間消えてしまいました。

シュウチャンさん
ほりけんさん
 niceありがとうございます。
by maipenrai (2012-06-25 22:06) 

maipenrai

ファジーさん
 niceありがとうございます。
by maipenrai (2012-06-26 18:55) 

伊 謄

小さい頃に、ポール時代の銚鉄に乗った記憶はあるんですが、電車の記憶かありません(笑)。
当時は外川までの坂道が、えらく急に見えてました。
by 伊 謄 (2012-07-02 13:08) 

とく

初めまして。昭和39年は私の生まれた年です。
たぶん、「犬吠」と交換しているのは八日市場駅だと思います。
一番右側の側線は貨物用の側線で、今は、エレベータ付の跨線橋になっている部分です。

昭和42年頃から、よく祖父に連れられて銚子電鉄に乗りに行っていました。その頃はもうピューゲル集電だったと記憶しています。
新生貨物駅、ヤマサとヒゲタへの専用線は現役でした。
とても懐かしい写真で、思わずコメントしてしまいました。

by とく (2013-02-13 19:52) 

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