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真夏の小湊鐵道・五井機関区 [昔鉄(60年代の国鉄・私鉄)]

 昭和41年(1966年)夏、珍しく房総西線の列車に乗った。
 前回の記事で房総東線を扱ったので、バランス上(!?)房総西線ネタも欲しいなぁ、夏が終わる前に…。なんて写真を漁っていたら、出てきたのがこちら。
 確かに房総西線の上り列車ですが、撮影場所は蘇我駅。貫通扉を開け放ったキユニ19が夏らしい風情…でしょうか(!?)。
01キユニ194.jpg


 千葉に向け出発した上りDCと入れ替わりに下りホームに入ってきたのはC578(佐)が牽く房総西線の下り客車列車。
02C578.jpg


 まだ午前中の閑散時間帯に、長編成の下り客車列車が走っているのは、おそらく朝ラッシュ時間帯に千葉に着いて、普段は夕方まで昼寝している客車を、DC列車の代走として館山まで持って行き、併せて午後、家路につく海水浴客向けの上り輸送力列車として走らせるという、虎の子の急行型DCが総動員で臨時急行に召し上げられてしまう、千鉄局の夏ダイヤ苦肉の策の運用なのでしょう。
 まだ京葉線なんて影も形もなく、やたらと空が広い蘇我駅から、この列車に乗っていざ房総西線の旅へ…と思ったら、3駅ほど乗ったところで降りちゃいました。

 やってきたのはスクラップ置き場…じゃなくて、房総西線五井駅から分岐する小湊鐵道、五井機関区の裏手。ここにはかつて小湊鐵道で使われていた蒸気機関車が、雨ざらしの状態ではあったけど、3両も保存されていました。
03廃車群.jpg


 煙室回りにずらりと埋め込まれたリベットがいかめしい、いかにもアメリカンタイプのこの機関車は、1924年ボールドウィン製の1C1タンク(アメリカだから2-6-2か)の2号機。小湊鐵道の建設、開業当時から使われていた生え抜きの機関車です。
04_2号機正面.jpg


 円形のナンバープレート。ローマン書体の数字がカッコいい。周囲にはBALDWIN ROCOMOTIVE WORKS PHILADELPHIA U.S.Aの文字が彫られています。
05_2号機プレート.jpg


 元々は奈良鉄道が1894年(明治27年)に導入、のちに国有化されて鉄道院3030形となった機関車と同型…なのですが、奈良鉄道の導入から30年も経って(間に第一次世界大戦を挟んで)、払い下げでない、純粋な新車として小湊に入ってきたというのは、よっぽど使い勝手のいい、優秀な機関車だったのでしょう。
06_2号機正面サイド.jpg


 こちらは同型の1号機。煙室扉にハンドルがついて、そのせいで正面のナンバープレートは残念ながらついていません。
07_1号機.jpg

 でもそうすると2号機の煙室扉はどうやって開けてたんだろう? この2両の蒸気機関車は、昭和34年頃までは現役で活躍していたようです。

 ボールドウィンの2両と並んで保存されていたのがB10 4。
08B104.jpg


 こちらはイギリス製、ベイヤー・ピーコック社製で、軸配置2B(4-4-0)。1894年~1898年に製造され、日本鉄道や東武鉄道、鉄道院の官設鉄道に就役。東武の一部を除いて国有化された、ピーコックのテンダ機、「ピーテン」という俗称を持つ旧5500形機関車を、1929年~30年にかけて2B1型タンク機関車に改造したもので、つまり「ピーテン」変じて「ビーテン」。
09B104サイド気味.jpg


 明治時代の本線急客機として輸入された5500形をはじめとする2Bテンダ機は、1920年代にその多くがタンク機に改造され、入換用途に使われるようになりました。数年前から梅小路蒸気機関車館に展示されている1070形1080号機もその一統ですね(イギリス・ダブス社製元6270形から改造)。

 B10 4号機は第二次世界大戦中に、旧千葉駅の北方にあった陸軍千葉兵器支廠に譲渡されて旧千葉駅との間で入換に使われた後、戦後の昭和21年、小湊鉄道に移り、昭和27年まで貨物列車の牽引などに使われていたそうです。鉄道省時代の形式入りナンバープレートが、そのまま残っていました。
10B104プレート.jpg


 話は飛びますが、この頃、東京近辺には一両だけ「生きた」B10が残っていて、それがこの三井埠頭1号機。鶴見線の終点・扇町から伸びる専用線で、予備機的な扱いでしたが入換に活躍していました。元はB10 6号機。
11三井埠頭1号機.jpg


 昭和41年の時点でも、使われなくなってからかなり経っていた3両の蒸気機関車ですが、その後も長い間この場所に置かれ、ついに昭和55年、千葉県の有形歴史資料に指定され、綺麗に整備されて今も当時と同じ場所で3両仲良く並んで保存されています。

 さて、こんな明治大正の機関車が、客車や貨車を牽いていた時代の小湊鐵道をイメージさせてくれる車両が、車庫の中に眠っていました。いずれも車体に「廃車」と書かれ、倉庫として使われていた姿ですが…。

 ハフ10。昭和5年松井車両製の2軸車。ジハ10として、戦前は木炭動車や天然ガス動車として走ったこともあるそうです。
12ハフ10.jpg


 ハフ50。昭和4年製の片ボギー車で、芸備鉄道(いまの芸備線)のキハ4として生まれ、国有化後の昭和15年に小湊にやってきたガソリンカー。小湊ではジハ50を名乗って、ひょっとしたら上記ハフ50ともども、木炭動車や天然ガス車として走ったのかもしれません。
13ハフ50.jpg


 小湊では昭和27年に機関を取り下ろし、その後は客車として使われていたらしい。興味深いのはこのハフ50の同型車(芸備鉄道キハ3)がいて、同じく国有化を経て和歌山鉄道(いまの和歌山電鐵 貴志川線)に移り、なんと電車化されて(片ボギーのまま!)クハ801として走っていたそうです。

 さて、内燃動車から電車に…とくれば、小湊名物、電車→気動車になった車両たちもご紹介しなければなりません…が、実は敬愛するCedarさんが、以前このネタで来歴など詳しく紹介されております。
http://cedarben.blog.so-net.ne.jp/2011-06-13

 本来なら電車音痴の出る幕ではないのですが、ただ写真を並べるだけでは、いくらズボラな私でも、あまりに横着ですよね。

キハ5801。左にちらっと見えるのは同型のキハ5800ですね。
15キハ5801.jpg


 大正3年製の木造院電デハニ6465・6459が、昭和11年に三信鉄道(いまのJR飯田線の一部)に譲渡されて、車体を鋼体化改造。ところが三信鉄道が昭和18年に国鉄に買収され、電装解除されて国鉄のクハ5800・5801となる。昭和35年に小湊に譲渡された際に、日本車両でディーゼルエンジンを取り付け、気動車となって小湊のキハ5800・5801となったという来歴です。キハ5800のほうは、平成9年まで在籍。現在も五井機関区で保存されています。

キハ6101。
16キハ6101.jpg

 同型のキハ6100ともども、青梅鉄道(いまはJR青梅線)の電車が出自。6100号がデハ102(大正15年製)、6101号がデハ104(昭和3年製)で、やはり戦時中に国鉄に買収され、電装解除されてクハ6100・6101に。そして昭和31年に小湊に譲渡された際に気動車化…という来歴です。5800形が液体変速機を装備し、総括制御可能だったのに対し、6100形は機械式の気動車で、そのせいもあってか、昭和51/53年と比較的早くに廃車になりました。

 大正初期生まれの5800形の方が、途中で鋼体化改造を受けたこともあり、まとまったスタイルでしたが、6100方のほうは、前面は大改造されているものの、側面は大正末期~昭和初期の電車の面影を残しており、このあたりの対比も面白かったですね。

 そんな具合に、故事来歴の多彩な車両が揃っていた当時の小湊鐵道ですが、こちらは昭和8年に自社発注したキハ101号。
14キハ101.jpg

 生まれた当時はガソリンカー、昭和27年にディーゼル機関化され、昭和47年まで在籍していました。

 この他にも国鉄払い下げのキハ41000形や、新鋭のキハ200もこの頃には6両が揃っていたはずなのですが、写真が残っていません。
 こちらのネガ傷だらけの酷い写真は、フジペットで撮影しているので、おそらく昭和37年か38年の夏、小学校の臨海学校に向かう房総西線の列車から写したものでしょう。写っているキハ200形は、2次車のキハ203・204が39年の増備なので、新製間もない頃のキハ201・202…ってことになるのかな?
17フジペット.jpg


 最後に…去年の夏に撮影した、五井駅の跨線橋から撮影した小湊鐵道・五井機関区。
18現在の五井機関区.JPG


 留置されている車両こそキハ200形一色になりましたが、たたずまいは50年近く前と、ほとんど変わっていませんね。
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コメント 12

hanamura

木炭、天然ガス・・・レア燃料車両の動態保存!
いまさらですがぁ・・・あったらいいなぁ。
by hanamura (2012-08-29 20:47) 

Cedar

房総西線(やはり内房線よりこちらが好きです)。なんといっても小学生~中学生くらいまで、夏といえば保田、岩井辺りに海水浴に行ってましたから。
小湊鉄道も当時からキハ200が主力だったようで、五井のホームにはいつもキハ200が停まっていたと記憶しています。




by Cedar (2012-08-29 21:54) 

伊 謄

 今回は貴重品ばかりですね!
by 伊 謄 (2012-08-29 23:58) 

利きゅう

小湊鉄道の貴重なお写真ですね!
ボールドウィンのほうは新京成の建設工事に貸し出されたことがあるそうですね。

鉄道趣味の諸先輩方が昔撮影されたお写真を拝見していていつも思うのが空の広さです。C578のお写真を拝見していて改めてそう感じました。
by 利きゅう (2012-08-30 00:32) 

maipenrai

hanamuraさん
 木炭バスなら福山自動車時計博物館など、全国に数台あるようですが、鉄軌道系はないでしょうね。なにしろ「ガソリンの一滴は血の一滴」といわれていた戦中戦後の話です。因みに千葉の大多喜ははるか昔から天然ガスの産地で、ガソリン動車の天然ガス動車への改造は、県内で広く行われていたらしいです。

Cedarさん
 私も小学、中学は那古船形に保田。でも高校以降は外房一辺倒でした。キハ201/202は今年で50年選手ですね。

伊 謄さん
 ありがとうございます。でも小湊鐵道は物持ちがよく、車両を廃車にしてからも長く保存する会社ですので、撮影されている方も多いんじゃないかと思います。1号、3号、B10、キハ5800は今でも見ることが出来ます。

利きゅうさん
 新京成は建設当時、1067ミリ軌間だったんですね。習志野原を走るボールドウィン、見てみたかった~(まだ生まれてなかったと思いますがw)。
>空の広さ そのとおりですね。国電区間でも、ホーム全体に屋根がかかっているなんて珍しかった時代です。今じゃホームの上に人工地盤を築き、その上にビルが立っている…なんて珍しくもなくなりました。あの手の駅は窒息感があって、長居をしたくないと思ってしまいます。
 
tochiさん
あるまーきさん
フジトモさん
シュウチャンさん
 niceありがとうございます。
by maipenrai (2012-08-30 09:33) 

あおたけ

トップ写真のキユニ19が連結されている列車の珍ドコ具合が
ツボにはまりました。二両目はステンレスのキハ30でしょうか?
それにしてもこの撮影場所が蘇我だなんて、想像もできません・・・
いっぽうで五井の小湊鉄道の機関区まわりは本当に今も変わらずですね。
by あおたけ (2012-08-30 19:31) 

maipenrai

あおたけさん
 2両目のステンレスがなければフツーの編成ですが、そんなもんは千葉にはなかった(笑)。珍ドコ具合としてはクラスBってとこでしょうか。やっぱり車体断面が、ひと編成に3通りくらいないと千葉のDCとはいえない…って勝手なこと言ってますね。
 蘇我もガラッと変わってしまいましたが、それでも京葉線と総武線の両方向から貨物はやってくるし、まだまだ楽しいスポットなのではないでしょうか。

プントさん
 niceありがとうございます。
by maipenrai (2012-08-30 21:01) 

KEY坊

キユニ19、何か可愛いい感じでいいなぁ~
なんせ、今の時代、中央貫通ドア顔自体少ない規格顔だもんね … 。
運転席側面窓も渋い、今度、天賞堂でプラHO、出してくれないもんかと思ったりして 、、うーむ … 。
小湊鐵道のキハ200、セミクロスシートだったらなぁ~ ... 観光気分を大切にしてもいいかもですね、惜しい
しかし、雨が欲しい ・・・ 冷えた麦酒で雨乞いしないとねぇ




by KEY坊 (2012-08-31 16:12) 

京阪快急3000

今は、キハ200形が幅を利かせている小湊鉄道も、この当時はバラエティに富んだ車両がたくさんあったのですね。

貴重なお写真、ありがとうございました。
by 京阪快急3000 (2012-08-31 20:01) 

maipenrai

KEY坊さん
 電気式DCの中間車からの改造ですから、今で言う「魔改造」に近いものでしょうね。…にしては、10系気動車に混じっても違和感なく、千葉に溶け込んだ車両だったのかな、と思います。
 小湊200形は…今でも五井口の朝夕のラッシュは結構なもので、それを考えるとロングシートも止むを得ないかな…と思いますが、この夏実現した五井-大原間の房総横断列車が、文字通り上総中野をスルーして小湊-いすみを直通できたなら、1~2両をセミクロスに改造して…なんて夢想しています。

京阪快急3000さん
 キハ200も初期型は間もなく50年選手です。まだまだ20年はイケる…なんて思っていますが、この先どうなっていくのか…。お隣の久留里線では、まだ30年程度のキハ37/38のリプレイスがまもなく行われようとしているんですが…。

J-powerさん
ディブ松本さん
alba0101さん
 niceありがとうございます。
by maipenrai (2012-08-31 21:06) 

an-kazu

ワタシの通学路線の歴史・・・ありがとうございますm(_ _)m
by an-kazu (2012-09-08 18:01) 

maipenrai

an-kazuさん
 小湊鉄道で通学なさっていたんですか。ちょっぴり嫉妬(笑)。
 40年以上走っている車両が変わらない小湊線、沿線には2世代にわたって同じ車両で通学している、なんて方もいらっしゃるんでしょうね。


by maipenrai (2012-09-08 22:06) 

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