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シャイにも程が…~東海道新幹線全線試運転1964~ [昔鉄(60年代の国鉄・私鉄)]

 昭和39年(1964年」は東京オリンピックイヤー、そして東海道新幹線が開通した年です。世紀のイベントを秋に控えた7月末、夏休みに入ったばかりの鉄ちゃん中坊、東京の鉄道シーンはドラスティックに変わりつつあって、見たいもの、撮りたいものはいくらでもあるし、時間もあるけど、しかし肝心の先立つモノがない。でもどこかに行かなくちゃ…。

 そんな昭和39年7月25日でした。今思うと、どこで情報を得たんだか…、新聞にでも載っていたんでしょうか。10月に開業を控えた東海道新幹線が、いよいよ全線がつながり「全線試運転」が行われる…と。

 過去ブログで記事にしているように、鴨宮のモデル線区で試乗する機会に恵まれたり、品川の車両基地に潜入を果たしている私。すっかり新幹線ファンになっていたんでしょうね。「全線試運転」となれば、これは写真を撮っておかなければならない。

 なんで「なければならない」のか、よくわかりませんが、とにかくカメラ片手に撮影に赴いた私。

 でもその前に…、当日のネガはこの駅から始まっていました。
 東急中目黒駅。営団日比谷線の3000系の行先表示は「霞が関」です。
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房総の夏輸送~番外~80系準急「白浜」 [昔鉄(60年代の国鉄・私鉄)]

 日帰り旅行をブログ一週間分に引き伸ばして…これってネタ的にどーなのよ? といささか反省気味の親父です。
 久々の乗り鉄に酒の勢いも加わり、テンションを上げてしまいましたが、やはりこのクソ暑い季節は、クソ暑い千葉の活気と熱気に溢れた時代の夏期輸送を思い出さずにはいられません。
 というわけで、60年代の千鉄・夏期輸送シリーズ、第三弾は1964年(昭和39年)夏、夕暮れの千葉駅での情景です。

 私が立っているのは、千葉駅のいちばん南側、総武線各駅停車ホームの1/2番線の、さらに外側、0番線という蘇我から新小岩方向に向かう貨物列車の通過する番線のあたり。このときはまだ0番線のレールは敷かれておりません。電車が入れるよう架線が張られていたのも、この当時は1/2番線だけだったと思います。

 夕暮れ、既に日は落ちた1番線にDD13の重連を先頭にした列車が、館山方面から到着したました。カーブしたホームのせいで、はっきりしないけど、DD13重連の次位についているのはチョコレート色の国電。
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「パワフル☓スマイル」ちば呑み鉄三昧~その3~銚子で沈没編 [ちょっとおでかけ鉄]

 五井から小湊鐵道、いすみ鉄道と乗り継いで大原駅に到着しました。ここまではスムースすぎる乗り継ぎの連続で、ちょっとあたふたしましたが、大原では上りの外房線電車まで、45分ほど時間があります。いすみ鉄道の「急行2号」が大多喜に向けて折り返していくと、駅は閑散としてしまいました。
 真夏の日差しはすでに中天高く、じりじりと照りつけています。学校の夏休み直前とはいえ、三連休の初日、正午前となれば観光客の入り込みのピークのはず…なのに東京からの「わかしお」から降りた乗客は10人ほど。その人たちが改札を抜けると、すぐにもとの静かな駅に戻ります。
 大原には海水浴場もあり、この季節の外房の駅前のイメージは、ビーサンに水着の若者が闊歩している…はずなんですが、そんな海水浴客らしき人影はまったく見られません。
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 上りの258M千葉行きは、209系の4連。がらがらで入線してきましたが、大原ではだいぶ席が埋まるほどの乗り込み。
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 この列車を皮切りに、JR3本の列車を乗り継いで、長い長~い九十九里浜に沿って銚子に向かいます。

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「パワフル☓スマイル」ちば乗り(呑み)鉄三昧~その2~いすみ鉄道編 [ちょっとおでかけ鉄]

 上総中野駅での小湊線3A列車から、いすみ鉄道12D列車の乗り継ぎ時間はわずか6分。鉄もタバコもやらないF氏はとっとと乗り換えますが、一服つけたいhigeraman氏、一服もしたいが写真も撮りたい私がもたもたしている間に「いすみ鉄道にお乗り換えの方、発車しますよぉ~」と運転士さんに声をかけられ、あわてて乗車。
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 この列車も、座席定員ほぼいっぱいで上総中野に着いた小湊線の乗客を引き継ぎ、立ち客が出るほどの盛況ぶりです。
 いすみ200形206号。出戻り鉄の私には、いろんなことが初体験だったりするのですが、いわゆる軽快気動車に乗るのはこれが初めてです。


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「パワフル☓スマイル」ちば乗り(呑み)鉄三昧~その1~ [ちょっとおでかけ鉄]

 前回ブログでもちょこっとご紹介しましたが、いま「パワフル☓スマイルちばフリーパス」という企画きっぷが発売されています。千葉県内のJR全線と、小湊鐵道、いすみ鐵道、銚子電鉄線が一日乗り放題でおとな1800円、こども900円という破格の値段設定です。特急料金は別払いとなりますが、こりゃ千葉県民としては見逃せません。利用出来るのは7月16日から31日、8月21日から31日の間。8月の上旬、中旬こそ使えませんが、夏休み期間中に利用出来るというのも嬉しいですね。

 …というわけで、利用期間初日となる7月16日土曜日、かねてからいつかは行かねば、と心に秘めていた小湊、いすみ、銚電を一気に乗り鉄してしまおうと、真夏の空の下、出かけたわけです。
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 地元本八幡駅朝6時45分の総武線各駅停車620B。これに当ブログにタイレポートを寄せてくれたhigeraman氏が乗ってきまして合流、さらに西船橋駅ではやはり以前、福島-仙台間を走った583系「新幹線リレー号」の写真を寄せてくれたF氏が合流しての3人旅。40年来の旧友で、二人とも鉄分は皆無でありますが、真夏の一日、都会の喧騒を離れ緑の車窓を眺めながらビールでも…と無理やり誘いだしたわけであります。

 なにしろ普段あんまり出歩くことが少なくなってしまった私、総武線も地元・本八幡から先に乗るのはほんとに久しぶりで、幕張の車両基地や前回ブログに掲載した新検見川から稲毛の風景の変貌、懐かしの千葉駅など、いちいち物珍しく、朝っぱらからテンション上がりっぱなしですが、先を急ぎまして、内房線139Mにて五井駅に到着しました。
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房総の夏輸送~その2~ [昔鉄(60年代の国鉄・私鉄)]

 小高い丘の上にある新検見川駅を過ぎ、右にカーブを切ると、総武線はなだらかに下って谷地を築堤で渡ると、再び稲毛の台地に向かって上っていきます。このあたりまで来ると、列車の開け放たれた窓から入り込む風に潮の匂いが混じり、海が近づいたのが感じられて、臨海学校に向かう子供たちの胸は高まっていきます…。

 な~んて遠い記憶を頼りに、勝手に創作してますが、確かにこのころは、幕張、検見川、稲毛と続く海岸線はほとんど埋め立てが始まっておらず、国道14号線の脇はすぐに海だったんですね。

 昭和41年(1966年)夏、ひょっとしたら海が見える場所があるかもしれないと、総武線を稲毛で降りた私、新検見川方向に歩いていい撮影場所はないかと探したのですが…、夏草に阻まれ線路に近づけず、こんな「シャイなアングルにもほどがあるだろ」写真になってしまいました。C57牽引の房総西線行き夏臨客レが、稲毛に向けて緩やかな勾配を上り始めたところです。
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 同じ場所から…、クモハ73を先頭とする総武線下り電車と、101系の上り電車の離合。そうとうトリミングしています。背後の丘の上にいくつもの鉄塔が立っているのが分かるでしょうか。東京無線電信局検見川送信所の送信塔。船橋の行田の送信塔(旧日本海軍が建設、「ニイタカヤマノボレ」を打電したことで有名)と並んで、総武線沿線風景の特徴になっていました。丘の裾を京成千葉線が走っているはずですが、この写真ではわかりませんね…。
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 ということで、前回に引き続き、真夏の千葉名物「夏輸送」、今回は昭和41年の千葉駅周辺の画像を中心にご覧いただきます。

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房総の夏輸送~その1~ [昔鉄(60年代の国鉄・私鉄)]

 ギラギラと照りつける真夏の日差しを浴びてC58218(岩)の牽引する両国始発の客車列車が、総武線・江戸川の鉄橋を渡っていきます。開け放たれた客車の窓からは川面を渡る風が車内を吹き抜けているのでしょうか?
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 鉄橋を渡り終え、市川駅に向かって勾配を下っていく列車。その後尾には「かもめ」のトレインマークが…。えっ、山陽特急? な訳はないですね。夏の海水浴シーズンに、房総西線(内房線)の館山、千倉まで運転されていた臨時列車です。新小岩や佐倉の蒸気機関車(C57/C58)が牽引、客車はオハ60や61をかきあつめた編成。木の背ずりのシートは、行楽列車としては決して快適なものではなかったはずですが、両国から内房の海水浴場へ直通で、特別料金を必要としない列車として人気が高かったんでしょう。毎夏のシーズンになると、数往復が設定されていました。
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 夏は海水浴、がレジャーの定番だった時代です。千葉の海は東京から近いということで、人気が高く、今とはくらべものにならないくらいの人々が押し寄せ、賑わいを見せていました。道路事情も悪く、マイカーもまだそれほど普及していなかったんですね。

 夏になると千葉鉄道管理局では、特別ダイヤを編成。定期列車に増結するのを手始めに、臨時の準急(急行」、快速を多数増発。当然手持ちの車両だけではまかないきれず、全国から車両をかきあつめ、押し寄せる海水浴客をさばいていました。

 電化以前の房総夏期輸送の基本的なパターンは
◯DC優等列車の増結と大幅増発。このことで急行用DCが不足するため…、
◯秋のダイヤ改正に向けた各地の新造DCを早期落成させ、千葉地区に先行投入。
◯それでも足りないので、一般用DCを優等列車に組み入れる。
◯それにより不足する一般用DC列車は一部SL牽引客車列車に置き換え。
◯さらに輸送力列車として、SL牽引の客車列車を増発。

 こんな感じでしょうか。例外的には、非電化区間の房総西線にDL(DD13)牽引で電車列車を乗り入れさせる、なんていうのもありましたね。

 結果として、夏の千葉には雑多な編成の急行(準急)列車と、SL牽引の客車列車が数多く見られたわけです。そんな60年代の「房総夏臨」列車を何回かに分けてご紹介したいと思います。まず第一回は昭和42年(1967年)夏、地元市川近辺で見たSL列車とDC列車です。

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海まであと2キロ [ご近所鉄(京成電車など)]

 のっけから所帯染みた話で恐縮なのですが、家で出た大量のゴミを市のクリーンセンターへ運ぶ用を家人にいいつかりまして…まっすぐ家に帰るのもなんなので、用足しついでに江戸川放水路のメトロ東西線の鉄橋にやってきたのです。
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 夕方4時を回っているというのに、衰える気配もないぎらぎらした真夏の日差し。それを遮る日陰もなく…白昼夢のように通り過ぎる電車に漫然とカメラを向ける。
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掘った、開いた、埋めた~土気の切通し [ちょっとおでかけ鉄]

子供の頃、私の父は車好きで~というおはなしは以前にもしましたが~よく家族をドライブに連れだしてくれました。私は既に鉄道大好きなガキで、ドライブよりも出かけた先で鉄道の写真を撮ることができるか、がもっぱらの関心事、車窓に線路が見えてくると「ちょっと待ってて…」と家族を車で待たせ、やってきた列車(これがなかなか来なかったりする)と一枚パチリと写して、またドライブを続ける…なんてことをやってました。
 この写真はそんな一枚~なので、この場所で撮った写真も一枚きりです~外房線、当時は房総東線の土気-大網間にあった通称「土気の切通し」で撮影した気動車。私の立っている位置は、千葉と外房を結ぶ「大網街道」の道路脇で、画面奥の大網方向から25‰の勾配をよじ登ってきたDCは、切通しを抜け、トンネルで大網街道の下をくぐって土気駅に向かいます。(写真1)
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 この切通し、明治中頃、房総鉄道によって建設された当初はずっとトンネル区間だったそうです。しかし25‰という急勾配を蒸気機関車でよじ登った頂上近くに長いトンネルがある、というのは運転上不都合だったのでしょうか。おそらく煤煙を軽減する目的で、戦後昭和26年からトンネル上部の覆土を撤去する工事を行ない、トンネルはこのような深い切通し区間に生まれ変わったのです。地盤の関係か、切通しの途中に短いトンネルも残っていますね。

 もっともこの区間が切通しだったのは20年足らずのことで、その後、外房線の複線電化が昭和47年(1972年)夏にに完成。この区間は旧線の北側を回り込む形で、新しい複線トンネルができ、同時に大網駅も、移設して高架化、千葉から外房に向かう列車は大網でのスイッチバックを解消、スルー運転できるようになりました。
 それからはや39年…列車が走らなくなった切通し、というのはどうなるんでしょう? 線路として使われなければ、地形を不自然に切り裂いたV字谷。

 天気はぱっとしないけど、湿度が高く蒸し暑い一日、40何年かぶりに土気に行ってみました。

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matsu#4氏の被災地レポート [番外]

maipenrai敬白
 ごく私的な契機で始めたブログですが、友人たちが折にふれて写真を送ってくれます。
 ありがたいことです。
 今回も、私より10歳以上若い友人matsu#4氏が送ってくれた画像です。
 彼は鉄分皆無の現役バリバリの会社員、頚椎ヘルニアという私と同じ持病持ちの彼が、6月末、休暇をとって宮城県へボランティアとして出かけました。その時に撮った「多少鉄分のある」私宛に写真を送ってきてくれました。余計なコメントは不要だと思います。ファイルネームだけでご紹介いたします。

仙石線はこの駅で折り返し(#松島海岸or高城町駅)
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野蒜駅汚れた駅名標に残るライン
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野蒜駅のその先
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野蒜駅壊された券売機
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多賀城仙台港の瓦礫01
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多賀城仙台港の瓦礫02
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仙台臨海鉄道
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荒浜海岸
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バッタを見た
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 間もなく震災、津波から4ヶ月。遅々として進まぬ復旧そして復興…この期に及んでも、通りいっぺんのコメントしか出来ない自分がうとましい。

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