So-net無料ブログ作成
検索選択

年の瀬に~京成八幡 [ご近所鉄(京成電車など)]

 生涯、忘れることはないだろう2011年も終わろうとしています。
 ここ数日は、自分の仕事部屋に2日、コモンスペースに2日、大掃除に追いまくられておりました。狭い我が家、なんでそんなに時間がかかるんだ、って話ですが、普段どんだけ掃除をサボっているかってことですね。
01.JPG


 年内最後の更新、あいも変わらぬ地元・京成八幡の写真でご機嫌を伺います。最初がそうだったから、シンメトリーを意識して…なぁんてことはまったくなく、ただお出かけする暇がなかっただけ。片付け、掃除もようやく一段落した今日の夕方、いつもの散歩コースです。

よろしければ続きをどうぞ。


セーシュンの新小岩機関区4~C58+おまけ編 [昔鉄(60年代の国鉄・私鉄)]

 過去3回に渡った新小岩機関区ネタ、今回で最終回です。
 昭和40年前後、新小岩機関区に配置されていた蒸気機関車は8620、C57、D51、そして今回の主役C58の4形式。今回の主役・C58は、国鉄で唯一の1C1、いわゆるプレーリー型の軸配置を持った機関車で、大正期に造られたC型の8620の速度性能、D型の9600の牽引力、双方の利点を一機種で実現しようというコンセプト製造された機関車で、よくいえば万能機、一方で趣味的に言えば無個性な存在と言えるのではないでしょうか?
 端的に言えば、ハチロクほどに明日にも消えてしまいそうな危機感はなく、C57ほどの華もなく、D51ほどの迫力もない…。地味~ィに与えられた仕業を黙々とこなしていたのが当時のC58に対するいつわりなき印象です…。

(1)新小岩機関区の検修線のC58183号。前灯はシールドビームだし、ホント、これといった個性を主張するものは感じられませんね。
01_3909C58183.jpg


 が、このC58、実はけっこうな役者っぷりを見せた過去があったりするんです。今回はそんな千葉のC58にまつわるお話と、併せて昭和40年前後に新小岩で見かけた珍客の画像をごらんいただきます。

よろしければ続きをどうぞ。


単線並列の頃~昭和39年~新京成前原駅近く [昔鉄(60年代の国鉄・私鉄)]

 新京成の旧線、藤崎台駅の遺構が、なにか残っていないかと探しまわったものの、なに一つ見つからず、以前の記事のコメントで伊 謄 さんにお教えいただいた「変電所近くの踏切の陸軍の標石」も見つけることが出来ず…こんな観察力がニブいんじゃ、廃線マニアにはなれないなぁ…と思いつつ、まだあたりをウロウロしている私です。

 昭和39年頃の写真です。その頃から始まっていた京成の600形や200形の全金属車体への更新改造、それによく似たスタイルですが、どこか寸詰りな2両編成の電車が前原駅に向かっています。線路は複線にみえますが、実は単線並列。手前の線路が京成津田沼-藤崎台方向からの線路。電車の場合、後追いだといわれればそれまでなんですが、右側通行で走っているように見えます。行き先札は四角形の四隅を斜めに裁ち落とした八角形の「鎌ヶ谷大仏」行き。
01_45形鎌ヶ谷大仏行.jpg


 すぐに今度は左側の線路を、同型の電車が走ってきます。こちらは新津田沼からやってきた電車で、行き先札は「前原」行きですね。
02_45形前原行.jpg


 現在だとこのあたり…保線用の亘り線があるあたりでしょうか。松戸行き8800形が通過していきます。
03_8807.JPG



よろしければ続きをどうぞ。


藤崎台駅を探しに…~承前 [昔鉄(60年代の国鉄・私鉄)]

 カメラを壊してしまい、途中中断のやむなきに至った新京成の廃線探訪企画、お陰様でカメラの修理も終わり戻って参りましたので、仕切り直しです。(前回の記事はこちら)
http://c59176.blog.so-net.ne.jp/2011-11-28

 今回はちょっと趣を変えて、JRの津田沼駅からスタート。北口を降りて駅前のペディストリアンデッキを渡り、階段を降りてパチンコ屋のカドを曲がる。そこに新京成の踏切があるのですが、このあたりが新京成・新津田沼駅の初代と三代目の駅があった場所。現在の駅は四代目にあたります。
 じつはめざす藤崎台駅は、最初、二代目新津田沼駅として開業した経緯があり(三代目が開業して駅名を改称)、あわせて初代&三代目のあった場所を表敬訪問しておこう、というわけです。
 R140の急カーブ。車輪を軋らせて、京成千葉線直通の85008000形がやってきました。左側の白いビルはパルコですね。
01新津田沼8511.JPG


 そういえば、12月10日で京成千葉線への直通開始から5周年だそうで、新京成各駅では記念乗車券を販売しているそうです。

よろしければ続きをどうぞ。


恥ずかしい写真~C62「はくつる」~ [昔鉄(60年代の国鉄・私鉄)]

「恥ずかしい写真」とタイトルを打ってから、昔のエッチな雑誌の下段に並んでいた広告を思い出してしまった私は、けっこう恥ずかしい…。

 そもそもCedarさんのご幼少のみぎりのちょっとしたオイタの記事
http://cedarben.blog.so-net.ne.jp/2011-12-08
 のコメントに迂闊にも「恥ずかしいネタならいっぱいありまっせ」とヤッてしまったのがいけない。「是非公開を」と返されては、棺桶の蓋が閉じるまで秘匿し続け、あの世に持っていくつもりだった「恥掻きネタ」を出さないわけにはいかなくなりました。

 心ある、正しき鉄道ファンの皆様の顰蹙を買うのは覚悟の上で、ホームラン級のアホ写真をお目にかけることにします。
 時は昭和40年(1965年)、場所は仙台機関区。
 この写真であります(ああ、恥ずかしい)。
001.jpg

よろしければ続きをどうぞ。


セーシュンの新小岩機関区~D51編 [昔鉄(60年代の国鉄・私鉄)]

相変わらず更新ペースが滞っております。
 昨夜なぞも写真を用意して、「さぁ、記事を書くぞ!」と思っていたのに晩酌しているうちに睡魔に襲われあえなくZZZ…なありさまです。
 さて、ハチロク編、C57編と2度に渡って掲載してきた、新小岩機関区の昔写真シリーズ。ものの順序からすれば、当然D51の出番です。
01_D511051_4007.jpg


 前の記事を読み返してみると、「ただ単に機関車の写真を番号順に並べただけじゃん!?」と自分にツッコミを入れたくなるような内容なのですが、事実そうなんだから仕方がありませんね(笑)。まぁ新小岩機関区が、当時中坊の私にとっては遊び場…といったら語弊があるかな…もっとガキの時分、そこにいけば誰か友だちに会える「原っぱ」みたいな存在で、そこにいた色の黒い友達が蒸気機関車、それをテキトーにスナップしていただけなのですから。

よろしければ続きをどうぞ。


この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。