So-net無料ブログ作成

千チハ~千葉気動車区の思い出 [昔鉄(60年代の国鉄・私鉄)]

 小学生の頃、父は小さな軽印刷屋を営んでいました。和文タイプで原稿を打ち、電動式のガリ版の親玉のような機械で印刷する…といっても、今の方にはなにがなにやら…でしょうが。
 50年前にはそれなりに旺盛な受注があったようで、自宅の一角の作業場とは別に、千葉に「分室」を設け、タイピストが常駐していました。そこで千葉と市川の間を原稿(原紙、と呼んでました)が頻繁に行き来するんですが、まだ宅配便など無い時代です。ハンドキャリーの「クーリエ」に抜擢されたのが私(笑)。小学校5,6年の頃には、学校から帰ると「ちょっと千葉まで」よくお使いに遣らされたものです。
 鉄に目覚めつつあった小学生の私、もちろん電車に乗れるのが嬉しくないわけはなく、行きは国鉄、帰りは京成(このパターンが多かった)の小旅行を楽しんでいたものです。

 鉄ガキにとって、車窓風景のハイライトは車両基地。市川から千葉の間には、津田沼に国電基地の「津田沼電車区」がありましたが、これは総武線の線路からは奥まった位置にあるのでよく見えない。現在の千葉県内を走る電車の一大拠点となっている「幕張車両センター」は、幕張本郷駅ともども影も形もない頃です。その代わり「気動車王国」と呼ばれていた当時の千葉を代表する車両基地が、稲毛と西千葉の間、総武線線路の北側に広がっておりました。その名も「千葉気動車区(千チハ)」。
27キハ28検修庫.jpg


 千葉行きの国電が稲毛駅を出ると、鉄ガキは進行左側の車窓に釘付けです。しばらく走ると洗滌線に並ぶDCが見えてきて、係員が手洗いで車体を洗っています。その先は検修庫、さらに10本余り並んだ留置線に、ズラリと並んだDCが夕方ラッシュの出番を待っていました。その留置線が一本にまとまった出区線が本線と合流すると、電車は西千葉の駅に到着します。

よろしかったら続きをどうぞ。


旧聞三題 [番外]

昨年11月「校庭の機関車、工場の機関車」と題してご紹介した和光市の学校の校庭に保存されている蒸気機関車C1285。その近況の写真が、higeraman氏から送られてきました…っていっても、メールの日付を見ると、なんと3月末のこと…。
C1285-01.jpg


 せっかく画像を送ってもらいながら、すっかりほったらかしにしっぱなしで…。
 遅ればせながら、ご紹介かたがた、あわせてちとタイミングを失してしまった近況をご報告させて頂きます。

よろしければ続きをどうぞ。


Hey.Heyポール~銚子電鉄昭和39年 [昔鉄(60年代の国鉄・私鉄)]

 前回に続き、昭和39年6月の日帰り旅。荒廃した九十九里鉄道の車両群に衝撃を受けながら、先に進みます。

 東金線と総武本線の乗換駅、成東。C58149(佐)が牽く上り列車が停車中…。
01C58149上り客.jpg


 機関車の前で遠くを眺めながら佇む助役?さん。その視線の先に… 下り千葉発銚子行きの列車が、C57164(岩)に牽かれてやって来ました。
02旅客レ離合.jpg


 さきほどの助役さんは、C57に向かって右腕を突き出していますが…。
02-01助役さん.jpg


 このあたりは当時はタブレット閉塞で、下り列車が携行してきた日向-成東間のタブレットを、すばやく上り列車に渡すため、ホームに停車後ではなく、まだ走行中のこの位置で受け取っているんですね。なんかカッコいいな、と子供心がときめきます。

よろしければ続きをどうぞ。


夢の跡~九十九里鉄道廃車群昭和39年 [昔鉄(60年代の国鉄・私鉄)]

手元に「昭和39年6月18日」と撮影日付の入ったネガがあります。元来、整理能力のない私、日付まできちんと書かれていることはめったにない。
 こういうのが見つかると「ヨシヨシ、それでは6月18日の更新にぶつけて…」なんて目論むわけですが…今日は…しまった、もう6月19日だ!」
 いつもこんなんばっかであります。ほとほと、自分のアバウトさに愛想が尽きる、というものですが、来年まで寝かせたところで、同じ事を繰り返す可能性大…。
 というわけで、ちょっとおマヌケですが、久々の「昔鉄」は、中学2年生の時の「地元千葉県日帰り鉄旅」の記録を御覧ください。

 朝早く、千葉駅を発った房総東線の下りDC。途中駅の風景です。
 交換する上り列車の先頭に立つのは、配属間もないステンレスのキハ35900番台。この車両に向けてシャッターを切ったはずですが、いくらなんでもタイミングが早すぎ…でも怪我の功名? で、当時の駅前の風景なんかも写り込んでいます。
01誉田.jpg


 さて、この駅はどこ?そこで、写真をアップにしてみると…右側の電柱の駅名表示が、ひらがな3文字なので、「誉田」ですね。かまとり、ほんだ、とけとこの区間の駅名は文字数が違うので、判別に助かります。
01-02誉田up.jpg


 このあたり、複線化、電化、市街地化の進展で、現在はまったく様相が変わっています。木造の駅舎、上り列車から降りて改札に向かうOLさん? 構内踏切で、列車の通過を待つ女子高生。ローカル色いっぱいながら、朝の活気を感じます。

よろしければ続きをどうぞ。


九鬼谷に行きたかったよ~畑中純さんを悼む [番外]

 数日前のことになりますが、たまたま朝刊の訃報欄が目にとまりました。

 漫画家の畑中純さんが亡くなったんだ…。

 畑中さんといえば「まんだら屋の良太」。
 30年以上前、当時勤めていた会社の後輩に教えられ、読んでみたところやみつきになり、気がつけば単行本が52冊(じつは53巻あるらしい)を読破していました。
 若いころは、比較的漫画の単行本はよく買っていましたが、その後何度か転居を重ねるうち、自然と「断捨離」されてしまい、今も残って私の本棚の一角を占めているのは「まんだら屋の良太」だけ、となりました。
01ryota_hyoshi.jpg


 舞台は北九州、小倉から南に下った山の奥の、架空の「九鬼谷温泉」を舞台に、主人公の高校生たちと、それを取り巻く人々の艶笑譚…と書きましたが、くすぐり程度のお色気、なんてものではなしに、かなりあけっぴろげな性が描かれています。

 86年にはNHKの銀河テレビ小説で放映されたこともあります。NHKということで、期待せず…というより、お茶の間で見られるNHKのドラマで、お色気レベルの話しでなく、「性描写」を期待するのは所詮無理な話で、やっぱりダメでしたね。
 「性」を通して人間を描く…なんていうとわかったふうですが、ポルノと紙一重の描写…を突き抜けた先の、人情や哀歓、叙情やダイナミズム、涙や笑い、リアリズムやファンタジー、そうしたものがないまぜになって昇華しているのが、この作品の魅力なので、入り口を取っ払っちゃうと、なんだか気の抜けたビールみたいになってしまうのであります。

よろしければ続きをどうぞ。


北陸電車旅~その7~早月加積の奇跡。 [ちょっとおでかけ鉄]

 富山地鉄本線・上市駅にやってきました。(寺田10:42発→上市10:50着)。
 よく知られているとおり、上市は地鉄本線の途中にあるスイッチバック構造の駅。広大な富山平野のど真ん中、線路を敷くのに障害などなさそうな場所に、スイッチバック駅とは奇妙ですね。
01上市駅終端.JPG


 富山地鉄はもともと県下の多くの私鉄が合併して、今の形になった、ということで、ここ上市の地に、最初に敷かれた鉄道は、富山湾に面した滑川から上市まで大正2年に開通した「立山軽便鉄道」(のちに改軌して「立山鉄道」となる)。
 一方、県都・富山市から、東へ線路を伸ばしていったのが「富山電気鉄道」、いまの電鉄富山や、電鉄黒部といった、頭に「電鉄」がつく駅名は、この鉄道に由来しているそうです。
 この「富山電鉄」が昭和6年に上市まで到達、「立山鉄道」と合併、直通運転を始めようということになりましたが、先に開通していた「立山鉄道」の上市駅は、滑川から真南に下ってきた線形を、直前で東に向けて振って、東側に広がる上市の市街と接着させていました。西から東に伸びてきた「富山電鉄」と「立山鉄道」を直通させるためには、駅の西側の方に短絡線を設ければ、スルーの線形となりますが、それでは駅の位置が、上市の市街地から遠く離れてしまう…。
 そんなわけで、「富山電鉄」は真っ直ぐに「立山鉄道」の上市駅まで乗り入れることとし、富山-滑川間の直通列車は、上市でスイッチバックする運転方式となり、そのまま今に至る…、と(以上、『鉄ピク』誌2012年6月号の記事の受け売りです)。

 因みに今の地鉄本線、滑川-宇奈月温泉間を開通させたのは「黒部鉄道」(昭和11年に全通)。これらに加え、富山県下に多数存在していた私鉄が、戦時下の昭和18年に合併して、「富山地方鉄道」になるわけで…。

よろしければ続きをどうぞ。


北陸電車旅~その6~見張塔からずっと。 [ちょっとおでかけ鉄]

 旅もあっという間に四日目。今日5月11日は、東京に戻ります。昨日はフライング気味に、ちょこっと富山地鉄の鉄道線をかじりましたが、今日は時間の許す限り、鉄道線を満喫する…予定。
 例によって朝6時に目が覚めてしまいました。ホテルの部屋にいても所在ないので、カメラを持って外に出ます。
 今日も空模様はぱっとしない。夜半にかなりの雨が降ったのでしょう。路面にはあちこちに水たまりが残っています。暫く待つと、ヘッドライトを煌々と光らせながら、市内線の7000形電車がやってきました。
01市内線.JPG


 まだ6時台というのに、市内線の電車はけっこうな頻度でやってきて、早出の勤め人や朝練? の高校生を乗せては走り去っていく。
02雨は上がって.JPG


 昨日の反省があるので、近くのコンビニでビニール傘と合羽を購入。ホテルに戻りY君と合流、改めて身支度を整え、歩いてすぐの富山地鉄「電鉄富山」駅へ向かいます。

よろしければ続きをどうぞ。


この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。